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旅行日 2009年11月2日(月曜日)
7時出発→秋吉台→秋芳洞→萩→津和野→中国道→名神→東名静岡IC(11月3日12時50分)
費用 秋吉洞見学2460円+津和野食事1200円+夕食PA1400円+高速道路2100円+コンビニ1200円+ガソリン3500円
 秋芳洞

 秋吉台の地下100m、その南麓に開口する 東洋一の大鍾乳洞「秋芳洞」は大正15年に
 昭和天皇が皇太子の御時、本洞を御探勝に なり、この名前を賜ったものですひんやりと肌
 をさす冷気漂う杉木立を通り抜けると、秋芳洞入口です
 洞内からの水は三段の滝となり、飛沫を舞い上げながらコバルトブルーの川面へと流れ落ちています
 洞内観光のコースは約1q、温度は四季を通じて17℃で一定し、夏涼しく冬は暖かく、快適に探勝できます
 時間が凍結したような不思議な自然の造形の 数々は変化に富み、私たちの心に大きな感動を呼び起こさせてくれます


      入洞時間  8時30分よりエレベーターにて入場
      料金     個人 大人1240円 
秋芳洞 黄金柱 百枚皿
秋芳洞入口 黄金柱 百枚皿

長州藩部隊“奇兵隊”結成!幕末の風雲児・高杉晋作

高杉晋作誕生地

幕末の風雲児・高杉晋作の生まれ育った家。建物は江戸期より縮小されているが当時の面影をよく残している。敷地内には、晋作ゆかりの品や東行と号した句碑・産湯の井戸などがある。晋作は、天保10(1839)年に萩藩大組士、禄高200石 高杉小忠太の長男として生まれた。藩校明倫館に通う一方、松下村塾に通い、久坂玄瑞と並び松門の双璧と称される。文久2(1862)年、外国に支配される清国(現:上海)を視察し危機感を抱いた晋作は、翌文久3(1863)年に身分を問わない我が国初の軍事組織“奇兵隊”を功山寺(下関市)にて挙兵。討幕戦を勝利へと導くが、肺病が悪化し下関・吉田(現:東行庵)に隠居。慶応3年(1867)結核のため、享年29歳という若さでこの世を去った。萩博物館にも晋作資料室があるので一緒に見学するのもおススメだ。
【ただし現在は個人所有の為、不定期で閉館していることもあります。ご了承下さい。】

 

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旅行日 2009年11月2日

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